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サント・ヴィクトワール山と向き合うトレーツのテロワール

コート・ド・プロヴァンス サント・ヴィクトワール

プロヴァンス、トレーツ

クーサンの歴史


"スメール家発祥の地 起源と先祖"

サント・ヴィクトワール山の麓

 

セザンヌの数々の美しい作品に描かれたサント・ヴィクトワール山の麓の村、トレーツにシャトー・クーサンは位置します。この地は紀元前102年にローマ軍とチュートン人との戦いにおいて(キンブリ・テウトニ戦争のアクアエ・セクスティアニの戦い)マリウス将軍が陣営を建てた場所とされ、シャトー・クーサンの畑はフランスで最古の畑のひとつと言われています。

 

グレコ・ローマの起源

 

旧石器時代からの居住跡がみつかっているこの地域に、2,600年前にギリシャ人が最初にブドウを持ち込みました。また、シャトー・クーサンの畑では、ローマ時代の墓もみつかっていることからも、この畑の非常に古い歴史が見て取れます。

数世紀に渡りギリシャ人に続きローマ人もプロヴァンス地方でブドウを栽培しました。彫刻などにもその時代のワインの製法が残されています。当時からプレス方式でワインが造られており、ワインはロゼワインだったことがわかります。

 

18世紀:ジャンバティスト・クーサン

 

ローマに続くアウレリア街道に沿ったこの地と建物は、18世紀にエクサン・プロヴァンスの裁判所の法律家であったジャンバティスト・クーサンが所有していたことからその名がつけられました。その当時にもブドウが栽培されていた記録も残っており、また地下のアーチ形のセラーも残っており、現在はスメール家の居住として使われています。

 

1903年:スメール一族の先祖、ジャンバティスト・ゴーティエがクーサンを取得

 

1903年にジャンバティスト・ゴーティエがクーサンの邸宅とその周辺の畑を取得しました。ここはその妻のヴィルジニー・ミッシェルの一族が代々受け継いできた土地でした。

 

女性により引き継がれてきた地

 

ジャンバティストとヴィルジニーの娘のジャン・エステーヴがクーサンを譲り受けます。そしてその娘で、後のエリー・スメールの妻のネリーが引き継いだことから、この建物がスメール家の中心となりました。その後、エリーとネリーの息子たちのガブリエルとジャンピエールが所有し、現在はガブリエルの子供たち、オリヴィエと妹のソフィーが引き継いでいます。

 

古くより続く作物:小麦とブドウ

 

クーサンの入り口から入った辺りには、丸く砂利が敷き詰められた場所があります。ここは以前、小麦の脱穀作業に使われていました。常に小麦とブドウ栽培に携わってきていたことがわかります。明るい太陽を十分に受けて小麦の外皮がむきやすくなるよう、この場所に運ばれていたのです。その他にも木製の圧搾機などの前世期の農機具もみつかっています。

 

今日のクーサン:忠実に復元された姿

 

エリー・スメールとその息子たちは少しずつクーサンを昔の姿に復元しました。建物正面の壁面用の石を丁寧に掘り起して修復し、また、回廊により建物すべてをつなぎ合わせて中庭を作ることで、今日の日々のワイン造りと来客を迎える大切なシャトーの中心となりました。

 

クーサンの回廊:歴史の跡

 

ローマ帝国が滅んだ後、プロヴァンスでのブドウ栽培を引き継いだのが修道院だったことがクーサンの回廊からも見て取れます。スメール家が所有する"ラ・クロワ・デュ・プリウール(修道士の十字架)”の畑は中世の時代には名前の通り修道院が所有した畑でした。