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サント・ヴィクトワールの麓 プイルビエのテロワール 


コート・ド・プロヴァンス サント・ヴィクトワール

プロヴァンス プイルビエ

モーパグの歴史


" スメール家の精神 土、そして頂上を目指して "

サント・ヴィクトワール山の名前の由来は?

 

数百万年前には恐竜が生息していた跡も残るこの山は、古来ケルト・リグリア人の山の神"ヴェンチューリ”の名で呼ばれていました。17世紀中旬に、山の頂に建てられた礼拝堂が修復されて"ノートルダム・ド・ラ・ヴィクトワール”と新たに命名された時に"サント・ヴィクトワール山”と新たに付けらえました。

 

モーパグ、ローマ軍の本部跡地

 

サント・ヴィクトワール山の麓、標高350mのプイルビエ村にモーパグの畑が広がります。紀元前102年には、この地にローマ軍のマリウス将軍が陣営を築き、モーパグには軍の本部が置かれていました。キンブリ・テウトニ人のイタリアへの進軍をアルク川沿いの平野での戦いで防いだ正に中心部だったのです。

 

著述家プルタルコスによる記述

 

帝政ローマ時代のギリシャ人の著述家、プルタルコスの記述にも、モーパグの地の利の良さ、周りの渓谷を見渡せるこの地に陣営を築いたことがローマ軍に優位に働いたと述されています。

 

マリウス軍の勝利

 

キンブリ・テウトニ戦争でのマリウス軍の勝利に沸いたマルセイユ人たちは、戦場周辺のブドウ畑を所有していましたが、敵軍の兵士の骨を使って(100,000から200,000人ともいわれています)ブドウ畑を取り囲む塀を作ったそうです。

 

遺跡

 

銅製の装飾品、像、壺類などの古代文明の名残の品々がモーパグのあちらこちらで発見されています。

 

1991年:モーパグの取得

 

サント・ヴィクトワール山周辺の光の美しさやテロワールの素晴らしさなど、この地に魅了されたガブリエルとジャンピエール・スメールが、1991年にモーパグを取得しました。

 

類まれな地

 

サント・ヴィクトワール山の最も麓に位置するモーパグのテロワールは、この地ならではの岩石の斜面からなだらかな畑へとつながっています。

 

珍しいプロヴァンス語の語源

 

"モーパグ”の語源は非常に興味深く、プロヴァンス語で"ほとんど与えない”を意味します。モーパグの畑で作られるブドウは確かに非常に収量が少なく、岩石の多い土壌と明るい太陽をたっぷりと浴びて育つブドウ一粒一粒にこの地のエッセンスが凝縮しています。